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長野地方裁判所伊那支部 昭和53年(ワ)1号 判決 1978年10月30日

原告

酒井幸博

被告

藤沢国男

主文

一  被告は原告に対し、金一三一万九、四五三円及びこれに対する昭和五三年八月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金四七六万八、二九〇円及びこれに対する昭和五三年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和五一年三月三日午前九時ごろ

場所 伊那市西春近二七一七番地一先国道一五三号線(以下本件国道という。)路上、ホンダオートセールス株式会社前T字型交差点(以下本件交差点という。)

加害車両 被告運転の普通乗用車(ホンダシビツク)(以下被告車という。)

被害車両 原告運転の第二種原動機付自転車(ヤマハオートバイ)(以下原告車という。)

事故の状況 本件国道上を伊那市沢渡方面から同市内へ向け北進し、本件交差点を直進しようとした原告車の右側面に、同国道を南進してきて右交差点で右折進行しようとした被告車が衝突し、原告は数メートルはねとばされて道路外土手に転倒した。

2  事故の結果

原告の負傷 右下腿骨骨折

入院 約三か月間

通院及び再入院 右退院後から昭和五二年三月まで約一〇か月間

後遺症 正座不能、椅子座でも同姿勢を継続すると痛みあり、疾走不能、右足関節背屈左足に比べ約五度の制限あり、右脚大腿部の周囲計が左脚同部に比し約一・五センチメートル小さく脚力左右不均等。

3  責任原因

被告は被告車の保有者であるから、自賠法第三条に基き、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 積極損害

伊那中央総合病院診察料 金三、五〇〇円

付添費(一日金二、〇〇〇円、七日間) 金一万四、〇〇〇円

付添人交通費(一日金一〇〇円、七日間) 金七〇〇円

入院ハイヤー代 金一万円

入院雑費 金八万六、〇〇〇円

検診のための旅費(東京、伊那市間) 金二万二、〇〇〇円

後遺症診察料 金三、五四〇円

右診察のための電車賃 金六、〇〇〇円

診断書料(二通) 金八、〇〇〇円

後遺症診断書料 金四、〇〇〇円

右受領のための電車賃 金二二〇円

諸電話料 金三三〇円

休学による特別受講料 金一万五、〇〇〇円

合計 金一七万三、二九〇円

(二) 逸失利益

休業補償(一日金二、五〇〇円、八八日) 金二二万円

看護のための父母の休業補償 金二五万円

事故のため受給できなかつたアルバイト特別給与 金一万円

受診及び診断書請求のため帰郷した間の休業補償(一日金三、〇〇〇円、五日) 金一万五、〇〇〇円

合計 金四九万五、〇〇〇円

(三) 慰藉料

入院慰藉料(一月金二五万円、三か月) 金七五万円

通院再入院慰藉料(一月金一二万五、〇〇〇円、一〇か月) 金一二五万円

卒業遅延による慰藉料 金五〇万円

原告は本件事故当時高校三年に在学していたが、本件事故により卒業試験が受けられなかつたため普通の卒業ができず、その後学校の特別の配慮によつてようやく卒業ができたが、その間原告及びその一家の心痛は非常なものであつた。

入学遅延慰藉料 金五〇万円

原告は本件事故当時東方歯科技工専門学校の入学試験に合格し、昭和五一年四月一日入学予定であつたが、本件事故により右期日に入学できず、同年五月二〇日ようやく入学できた。そのため最も大切な新学期当初の授業を受けられずその不利な状況はいまだ回復できない。

後遺症慰藉料 金一〇〇万円

合計 金四〇〇万円

(四) 弁護士報酬

原告は昭和五二年一二月二六日弁護士千野款二に本件訴訟の提起とその追行を委任し、その報酬として金一〇万円を支払つた。

5  よつて被告に対し自賠法第三条の規定に基づき本件事故による損害合計金四七六万八、二九〇円およびこれに対する各損害発生の後の昭和五三年八月二四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項、認める。

2  同第2項中、原告が本件事故により右下腿骨骨折の傷害を受け、入院治療した事実は認めるが、その余はいずれも不知。

3  同第3項、被告が被告車の保有者であることは認める。

4  同第4項(一)、(二)について、争う。

同項(三)について、原告が本件事故当時東方歯科技工専門学校の入学試験に合格していたことは認め、原告の同校への入学の事情については不知。その余の点については否認ないし争う。

同項(四)について、原告が本件訴訟の提起と追行を弁護士千野款二に委任したことは認め、その余不知。

5  同第5項、争う。

三  抗弁

1  過失相殺

(一) 原告は本件事故時、本件交差点に進入するに際して、そのかなり手前の地点で、対向車線上に右折の方向指示器を出した被告車、及び本件国道に西方よりほぼT字型に交差する市道上に本件交差点内を伊那市内方面へ向けて左折進行しようとしている普通乗用自動車(以下訴外車という。)を認めていた。

(二) このような場合原告としては、被告車及び訴外車の動静に即応して右両車両との衝突の危険を回避しうるよう減速徐行するなどの注意義務を負つていたのに、原告は右注意義務を怠り、漫然時速約五〇キロメートルの速度のまま進行し、被告車の直近に至るまで減速等何らの事故回避措置をとらなかつた過失がある。

よつて本件事故による被告の賠償責任額を算定するに当つては右過失を斟酌し、相応の過失相殺をするべきである。

2  損害の填補

原告は本件事故により他に治療費合計金一四七万七、八六〇円を要したが、被告は原告に対し、右治療費と同額の損害賠償金をすでに支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項について、同(一)の事実は認める。

同(二)については争う。すなわち、原告車は直進車であつて優先権があつたが、同時に相当の注意をして進行していた。ところが、本件交差点内で右折すべく待機していた被告車から約一〇メートル手前の地点まで原告車が達したとき、被告車が突然発進、右折前進したので、原告は急制動をかけたが、被告車は相当のスピードで原告車の右側面後部に衝突した。なお右市道より本件国道に進入しようとしていた訴外車は原告車が近づく前に左折進行し、本件事故とは関係がない。

以上のような状況のもとでは本件事故の全責任は被告にあつて、過失相殺の問題は生じない。

2  同第2項について、原告主張の損害の外に、本件事故によつて原告が合計金一四七万七、八六〇円の治療費を要し、被告が右同額の損害を填補したことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実(本件交通事故の発生)については当事者間に争がない。

本件事故の結果、原告が右下腿骨骨折の傷害を受け、入院治療したことは当事者間に争がなく、証人酒井春雄の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右入院の期間は本件事故発生の日である昭和五一年三月三日から同年五月一五日まで(昭和伊南総合病院)(七四日間)及び受傷した骨を固定するために入れた釘の除去のために同年末ごろ一二日間再入院(同病院)(入院期間通算八六日間)したことが認められる。なお同証言及び同本人尋問の結果によれば、第一回退院後再入院までの間及び再退院後とも原告は直ちに上京、東方歯科技工専門学校に就学したため、特に治療のための通院はしていないことが認められる。

二  被告が被告車の保有者であることは当事者間に争がなく、従つて被告は、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責があるというべきである。

三  過失相殺の主張について

前記当事者間に争がない事実及びいずれも成立に争のない乙第一ないし第三号証、同証言並びに同本人尋問の結果を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

1  原告は本件事故時原告車を運転して本件国道を伊那市沢渡方面から同市内へ向け北進して本件交差点に差しかかり、右交差点を直進しようとした(当事者間に争がない)。そのときの原告車の速度は時速約五〇キロメートル(同国道の制限速度毎時五〇キロメートル)であり、同国道の幅員は七・七メートル、本件交差点で本件国道に西からほぼT字型に交差する市道(右交差の形態については当事者間に争がない。)の幅員は右国道の半分程度であつて、本件交差点には信号機は設置されていない。

2  被告は被告車を運転して同国道を南進、本件交差点で右折して右市道へ進入しようとしたところ、右市道の本件交差点入口付近には訴外車が一時停止して同国道に出るべく待機していた(同訴外車は左折の方向指示器を出していたものと推測できる。)ので、被告は右折の方向指示器を出しつつ本件交差点より約九メートル手前の地点に一時停止して訴外車が同国道に出て右市道を明けるのを待つたが、訴外車が発進しないので、被告はさらに九・四メートル前進して本件交差点に少し入り、右にわずかばかり転把して中央線を跨ぐあたりで右へやや方向を変えて再び一時停止をした。そのとき訴外車が発進して本件交差点に入り左折して本件国道を北進していつたため、被告車の進路が明いたので、被告はただちに発進右折しようとして対向車線上の安全を確認したところ、一七・二五メートル先に原告車が本件交差点方向へ進行してくるのを認めた。それを見て被告は「危いかな」と感じながらそのまま漫然と発進したが、その直後このままでは原告車との衝突は免れないと判断したので、直ちに急制動の措置をとり、二・九メートル前進した地点で約四五度右へ方向転換した状態で停止したが、ほぼ同時にやや方向を左に切つた原告車の右側面中央部付近(及び原告の右足)と被告車の前部中央付近とが衝突、本件事故に至つた。

3  原告は本件交差点のかなり手前で、対向車線上に右折の方向指示器を出した被告車、及び右市道上に本件交差点内を伊那市方面へ向けて左折進行しようとしている訴外車を認めていた(当事者間に争がない。)。原告は本件交差点の約八〇メートル手前ですでに同市道を進行してきた訴外車が本件交差点入口付近で停止し、そのとき本件国道を南進してきた被告車が本件交差点のやや手前で右折の方向指示器を出しつつ一たん一時停止をした状態を見(原告車がまだかなり遠方にいる時点で被告車が右のように一時停止をした事実から、原告は、被告車の右一時停止の理由は、訴外車が進路を明けるのを待機するためであつたことを察知したものと推測できる。)ており、以後訴外車と被告車の前記のような動静を終始注視していたが、原告は、被告車が右一たん停止した地点から発進して本件交差点内に進入しようとしたときは、原告車のブレーキを軽く踏んだものの、被告車が前記のような本件交差点にわずかばかり入つて再び一時停止したのを見てブレーキをはなし、訴外車が発進して本件交差点内に入つて左折、本件国道を北進したため、市道が明いたのを見ても何らの措置もとらず漫然と進行し、被告車が発進右折を開始して原告車の進路上に進出しかけたのを見て、あわてて急ブレーキをかけたが間に合わなかつた。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告が右のように「危いかな」と感じつつも発進右折を開始したのは、しばらく進路を塞いでいた訴外車が発進、進路が明いたのを見て、その方に気をとられ、原告車との衝突の危険に対する配慮に空白が生じたためと推断するほかはないところ、右のごとき事情であろうとも被告が直進車である原告車の直前で右折し、その進路を妨害した過失はもとより否定しうべくもないが、原告としても、訴外車と原告車の双方に対して注意を払わなければならない状況下におかれた被告において一方に気をとられるあまり他方に対する注意が疎かになる事態は予見可能というべく、それにもかかわらずこれを予見して適切な事故回避措置をとらなかつた(原告が右予見をしたと認めるに足りる証拠はない。)原告にも過失があつたといわざるをえない。なお道路交通法上直進車である原告車に優先権があることをもつて、原告が右の予見義務を免れるとか、あるいは仮りに予見したとしても原告において被告が同法に反する運転はしないであろうと信頼することが許されるとか解することは相当でない。

ところで原告および被告の各過失を比較すると、原告車が直進車であるのに対し、被告車が右折車であり、しかも被告車が原告車の直近を右折している事実及び原告車が自動二輪車であるのに対し、被告車が普通乗用自動車である事実を勘案すれば、本件事故に対する右各過失の寄与割合は原告の過失一、被告の過失九と認めるのが相当である。

四  損害について

1  積極損害

(一)  乙第三号証、成立に争のない甲第二号証及び同証言によれば、原告は本件事故直後、一たん伊那中央総合病院に収容されて診察を受け、診察料金三、七三五円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  同証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故のために入院した昭和伊南総合病院からの要求によつて、事故当日から七日間母親の付添看護を受けたこと、母親は右付添看護のため右付添期間中自宅と同病院間を一日一回往復したが、その交通費は片道少くとも金五〇円であることが認められ、これに反する証拠はない。右付添費については一日金二、〇〇〇円と認めるのが相当であり、そうすると原告は付添費として合計金一万四、七〇〇円要したということができる。

(三)  同証言及び同本人尋問の結果によれば、原告は同病院からの退院及び同病院への再入院と再退院にそれぞれハイヤーを使用し、右ハイヤー代は一回少くとも金二、〇〇〇円であることが認められるから本件事故と相当因果関係のあるハイヤー代は少くとも合計金六、〇〇〇円というべきである。なお成立に争のない甲第六号証によれば、原告又はその家族が原告の入院期間中である昭和五一年四月七日駒ケ根市赤穂所在の丸正タクシーに乗車し、タクシー代金二、〇二〇円を支払つたことが認められるが、右タクシー乗車と本件事故との相当因果関係についてこれを認めるに足りる証拠はないから、本件の損害中には加算せず、他に右認定に反する証拠はない。

(四)  成立に争のない甲第七号証によれば、原告は昭和伊南総合病院に入院中、同病院売店からチリ紙等を購入してその代金合計金二万六、七〇〇円支払つたことが認められるが、右費用を含め、原告が入院中要した雑費用は総計金四万三、〇〇〇円(一日金五〇〇円、入院期間通算八六日間)を下らないものと推定するのが相当である。

(五)  同本人尋問の結果によれば、原告は上京就学後、昭和五一年八月骨折部固定のための釘除去時期診断のために、同年一二月右釘除去手術のために、昭和五二年三月か四月ごろ及び同年一二月それぞれ後遺症診断のために、いずれも東京と郷里である伊那市間を往復したが、右往復のため一回金五、〇〇〇円の費用(合計金二万円)を要したことが認められ、これに反する証拠はない。

また同証言によれば、原告は伊那市への右各帰郷後、昭和伊南総合病院への往復交通費として合計金六〇〇円支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

なお同証言によれば、本件事故時原告は東方歯科技工専門学校へ入学寄付金一一〇万円を納入済みであつたが、本件事故後の示談交渉において被告に対して右寄付金相当額の支払を要求したところ、右要求が保険会社より同校に知らされ、原告の父酒井春雄が同校に呼びつけられ、そのため交通費を支出したことが認められるが、右交通費はもとより本件事故と相当因果関係にあるとはいえず、これを損害中に算入することはできない。

(六)  成立に争のない甲第五号証及び同証言によれば、原告は昭和五二年一二月一五日昭和伊南総合病院で後遺症についての診断をうけたが、右診断料として金三、三二〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

(七)  右甲第五号証、いずれも成立に争のない甲第一、第一〇、第一一号証、及び同証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和伊南総合病院より本件事故による傷害治療又は後遺症の証明のために少くとも四通の診断書の作成交付(うち一通は昭和五二年一二月一五日付、うち一通は同月二六日付)を受け、その文書料として少くとも合計金一万三、〇〇〇円を支出したことが認められる。又同証言により真正に成立したことが認められる甲第九号証及び同証言によれば、原告は右診断書中、昭和五二年一二月二六日付の後遺症診断書の交付を受けるため、昭和五三年六月二七日同病院へ行つたが、その交通費として合計金二二〇円を支出したことが認められる。以上各認定に反する証拠はない。

(八)  同証言及び同本人尋問の結果によれば、原告は昭和五一年四月一日から東方歯科技工専門学校に入学授業を受けるべきところ、本件事故のため登校が同年五月一八日ごろになつて教課に遅れを生じたので、これを回復するため特別講義を受け、その受講料として金一万五、〇〇〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

(九)  成立に争のない甲第八号証及び同証言によれば、原告又は原告の父親酒井春雄は本件事故示談交渉のため、電話料として少くとも金三三〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

(一〇)  他に原告は本件事故による傷害治療のために治療費合計金一四七万七、八六〇円を要したことは当事者間に争がない。

2  逸失利益

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時新聞配達のアルバイトをし、一か月金五、〇〇〇円ないし金六、〇〇〇円の賃金をえており、右アルバイトは本件事故発生月の昭和五一年三月一ぱい続ける予定でいたことが認められる(これに反する証拠はない。)から、原告は本件事故によりうべかりし右新聞配達賃金少くとも金五、〇〇〇円を失つたものと認めるのが相当である。

また同証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は夏休みなどの学校の長期休暇を利用して中部電子応用株式会社にアルバイトに行き日給金二、五〇〇円をえていたことが認められ、また同証言及び同本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると原告が本件事故当時在籍していた上伊那農業高校(当時三年在学中)は同月五日に卒業式が行われた後同月六日から休暇に入つたことが認められる(いずれも反対証拠はない。)から、これらの事実を総合すると、原告は本件事故がなければ右休暇を利用し、同日から同月一ぱい同社にアルバイトとして勤務したであろうと推認するのが相当であり、その場合少くとも二〇日間は勤務することが可能であつたと認められるから、右アルバイト不可能による逸失利益は金五万円というべきである。

さらに同本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が同年四月一日付で入学した東方歯科技工専門学校の授業は夜間であり、同校在学生は同校入学後直ちに同校の斡旋で歯科技工所に住み込み、昼間は各住込み技工所で働くことにより、各住込み費用を控除された後手取り一か月少くとも金四万七、〇〇〇円の手当を支給されることが認められるところ、前記認定の同年四月一日以降の入院期間及び受診のための帰郷の日数に照らせば、本件事故による治療及び受診のための右手当喪失は通算二か月分金九万四、〇〇〇円と認めるのが相当である(前記再入院及び受診の日時を勘案すると、これらのための帰郷は学校の休暇(その間は住込み技工所の方も休暇をとるものと推測される。)を利用したこともあると推認でき、そうすると、本件事故と相当因果関係のある右治療及び受診のための手当喪失は前後の旅行日を考慮したとしても二か月分を超えると認めることはできない。)。なお同証言及び同本人尋問の結果によると、右各住込み技工所では夏期及び冬期にそれぞれ賞与が支給されるが、昭和五一年夏期については同年四月一日から住込み勤務していた場合には少くとも金二万円の賞与を支給されたはずなのに、原告は本件事故による遅参のために金三、〇〇〇円しか与えられなかつたことが認められるので、右による逸失利益は金一万七、〇〇〇円ということができる(同証言中以上の各認定に反する部分は採用できず、他にこれに反する証拠はない。)。

(二)  同証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の父親酒井春雄は本件事故当時大和興業に勤務し、日給金四、〇〇〇円を支給され、時間休をとると一時間につき金五〇〇円の割合で減額される定めであつたが、同人は本件事故後原告のため昭和五一年三月三日から同年四月二三日にかけて原告の入院先の昭和伊南総合病院や原告在籍中の上伊那農業高校、損害保険会社、警察署、裁判所、被告方等へ、手術立会、卒業交渉、示談のための調査や交渉等のために行き、その結果同年三月三日六時間三〇分、同月六日四時間三〇分、同月一〇日六時間、同月一五日四時間、同月二四日三時間、同月二五日五時間、同月二六日一日、同月二八日一日、同年四月二日五時間三〇分、同月六日一日、同月二三日一日、合計四日の休暇及び三四時間三〇分の時間休をとつたことが認められ(反対証拠はない。)、右による同人の逸失利益は合計金三万三、二五〇円となるが、同人の右逸失利益は原告の債務となるべき理であり、従つて原告の本件事故による損害中に含めるのが相当である。なお同証人は、原告が本件事故によつて入院中、原告のために原告の父母に月額各金四万円の雑費支出又は収入減が生じた旨の供述をするが右供述は直ちに採用し難く、他に原告の父母に以上の認定を超える額の逸失利益又は積極損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。

3  慰藉料

原告は本件事故による傷害治療のために前後通算少くとも八六日間入院したが、他に通院治療はせず、各退院後直ちに上京就学したことは前記認定のとおりであるが、同証言及び同本人尋問の結果によれば、原告は第一回退院から再入院までの間及び再退院後も約三か月間は傷の痛みを感じていたことが認められる(反対証拠はない。)から、原告が右各退院後就学のために直ちに上京しなければ、ある程度の期間は通院したであろうと推認することが相当であり、また同本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による傷害の治癒後もいまだに右足首の関節に障害が残り正座ができないことまた椅子に長時間座つていたり、運動をした後に苦痛や痛みを感じたりすることが認められるが、甲第一、第一〇号証によれば、物理的身体機能障害としては右足首の関節を伸ばした場合、左足首の関節を伸ばした場合に比して五度の制限があるに過ぎない(原告の本件事故に傷害の部位に照らせば、右運動制限は、右足首関節自体に機能障害が生じたのではなく、本件事故による傷害治療中の右足筋肉の一時的劣化が完全に回復していないためと推測される。なお甲第一〇号証によれば、昭和五二年一二月現在で右足大腿周囲計は左足のそれより一・六センチメートル短いことが認められる。)と認められる(いずれも反対証拠はない。)ので、右の程度の後遺障害をもつてしては独自の慰藉料の対象となすことをえない(なおいずれも弁論の全趣旨によつて真正な成立が認められる乙第六、第七号証によれば、自動車損害賠償責任保険における事前認定においても、原告の右障害は自賠法施行令別表に定める後遺障害についてのいずれの等級にも該当しない旨の判定を受けていることが認められる。)というべく、しかし、これを全く無視することもまた適切とはいい難いところであり、よつて本件事故による傷害慰藉料額を判断する場合の一要素とするのが相当である。

以上のような各事情を勘案して原告の本件事故による傷害慰藉料は金一二〇万円と認定するのが相当というべきである。

なお同証言及び同本人尋問の結果によれば、原告は昭和五一年三月五日に行われた上伊那農業高校の卒業式には卒業できず、同月末ようやく卒業が許され、右卒業遅延のため、特に同校卒業が条件であつた東方歯科技工専門学校入学との関係(原告が本件事故当時同専門学校への入学試験に合格していたことは当事者間に争がない。)でかなり心配したことが認められるが、同本人尋問の結果によれば、原告は同農業高校卒業のために必要な数学の単位が未取得(他学科の単位はすべて取得済み)であつたので、本件事故日右単位取得のためのレポートを提出する予定で本件事故はそのための登校途中で発生したこと、右レポートは本件事故後原告の父によつて同校に提出されたが、同月五日の卒業式の当日不合格となつて新たに問題が出され、右新出題によるレポートを同月二七日か二八日ごろ同校に提出してようやく同校の卒業が許されたことが認められるので、同校卒業の遅延は、第一回レポートの成績不良によるのではないかとの疑問をいだかざるをえず、従つて本件事故と原告の同校卒業遅延との間に因果関係があると確定することはできない。さらに前記認定のとおり、原告は本件事故のため同年五月一八日ごろまで東方歯科技工専門学校への登校が不可能であつたが、同証言及び同本人尋問の結果によれば、その間同校より、あまり登校が遅れた場合は一年原級に留まるか退学になる旨の通知を受けて心痛したことも認められるが、特段の事情がない限り前記傷害慰藉料中には入院による学校や勤務先等との間のトラブルに伴う精神的損害も一切含むものと解すべきところ、結局は無事入学できたことも勘案すれば、右の程度の事情をもつてはこれを特段のものということはできず、よつて右心痛に対する独自の慰藉料は認め難い(仮りに原告の上伊那農業高校の卒業の遅延の全期間又は一部期間につき本件事故と因果関係があつたとしても、同様である。)。

他に本件事故による慰藉料につき前記認定を左右するに足りる証拠はない。

4  以上本件事故によつて原告に生じた損害は合計金二九九万七、〇一五円となる。

五  被告の責任額及び填補

右損害額金二九九万七、〇一五円につき前記の過失相殺を行うと、被告の本件事故に対する損害賠償責任額は金二六九万七、三一三円(円未満切捨)というべきところ、被告がそのうち傷害治療費と同額の金一四七万七、八六〇円の損害を填補済みであることは当事者間に争がないのでこれを差し引くと、被告はなお原告に対し金一二一万九、四五三円の損害賠償義務を負つているということができる。

六  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起と追行を弁護士千野款二に委任したことは当事者間に争がなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五二年一二月二五日右委任に当り同弁護士に報酬として金一〇万円を支払つたことが認められるが、右報酬は前記原告の本訴認容請求権額に照らし本件事故と相当因果関係内にあるということができる。

七  結論

よつて原告の本訴請求は、合計金一三一万九、四五三円の損害賠償金及びこれに対する昭和五三年八月二四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 国枝和彦)

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